まちなかブログ | 飯田まちなか情報

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9/11付日経新聞にいいだ人形劇フェスタ実行委員長のことばが掲載されました。
9月11日(木)付日本経済新聞の文化欄にいいだ人形劇フェスタ実行委員長・高松和子さんの文章が掲載されました。
「いいだ人形劇フェスタ」の成り立ちからこれから先のことまで、丁寧に記述されています。保存版として写しを掲載します。

保存版 | 19:15 | comments(0) | trackbacks(0)
現在の飯田まちなかをご覧ください!(ライブカメラ情報)
飯田市中心市街地に4台のライブカメラが設置されていることを御存知ですか?
びっくり今この瞬間の「飯田まちなか」をご覧いただけます。

 飯田りんご並木ライブカメラ

 飯田市並木通りライブカメラ

 飯田城址(美術博物館)ライブカメラ

 飯田市街地ライブカメラ(全景)

提供:
株式会社飯田ケーブルテレビ
〒395-0823 長野県飯田市松尾明7590番地1
保存版 | 07:37 | comments(0) | trackbacks(0)
携帯充電器が設置されました

通り町1丁目秀文社さん前で携帯充電器を見つけました。
100円で5分充電し、携帯電話が連続で30分間使用できるそうです。

飯田のまちなかで携帯の充電が切れた方はこちら
地図表示(マップファン提供)
保存版 | 01:51 | comments(2) | trackbacks(0)
人形モニュメントの名前が決まりました!


今回名前募集した人形モニュメント

7月に公募していた市営扇町駐車場まちなか情報板人形モニュメントの名前が決まり、8月9日、りんご並木三連蔵前において名前発表式が行われました。

◆モニュメントの名前
 「風の番人(かぜのばんにん)」に決定。
◆応募総数159件
◆応募者数93人

◆「風の番人」命名者は次の方たちです。(5名)
  飯田市内 市岡 孝秋 さん
  飯田市内 北村 妃花莉 さん
  飯田市内 中野 悦子 さん
  飯田市内 横道 やす子  さん
  飯田市内 吉川 豊 さん

◆選考理由
○中心市街地への玄関口である扇町駐車場に位置することから、多くのお客様をお迎えすることを祈念し、「外からの新しい『風』を呼び込む」という意味を込めて選考しました。

○人形劇をはじめとする私たちの地域に根ざした文化を「世界に発信していく『風』をおこす」という意味も含めました。

○モニュメントを設置してある場所は、昭和22年の大火後の復興都市計画により公園に位置づけられた「扇町公園」内にあります。時に大きな被害をもたらす「風」の番をして、街を守るという意味から「風の番人」がふさわしい名前と考えました。

○この人形モニュメントは月を背負い、周りに葉を巻き上げる造型が施されています。古来より「風」と「月」は切り離せない関係にあり、詩歌の題材としても用いられたものです。「風月」(ふうげつ・古くはふげつ)は「自然の風物」そのものを表します。


▲名前発表式の模様 飯田市長から記念品を受け取る中野悦子さん(左)

※これまでに同様のモニュメントとして、人形時計塔ハミングパル「時の番人」(S63)、飯田駅横・アイパーク「出会いの番人」(H5)、飯田運動公園プール・アクアパークIIDA「水の番人」(H7)の3体が設置されています。

▲時の番人


▲出会いの番人


▲水の番人

お問い合わせ
飯田市 産業経済部 商業・市街地活性課 
電 話 0265−52−1715

保存版 | 07:02 | comments(0) | trackbacks(0)
まちなかの遺跡を紹介します。


7月28日、橋南文化講座が行われ、今年発掘が行われた「箕瀬遺跡」について、飯田市教育委員会生涯学習課下平博行学芸員から説明を受けました。5月31日に現地見学会も行われています。

箕瀬遺跡
1.概 要
 ・遺跡名 箕瀬遺跡
 ・調査主体 飯田市教育委員会
 ・調査面積 およそ1500
 ・遺 構(当時の家や穴のあと)
   縄文時代中期後半(およそ4500年前)の住居址・・・・・14軒
   平安時代(およそ1100年前)の住居址・・・・・3軒
   時期不明の住居址・・・・・3軒       
   弥生時代後期(およそ2000年前)の方形周溝墓・・・・・1基
   時期不明の穴・・・・・多数                     
 ・遺 物
   縄文時代・・・・・土器・石器
   弥生時代・・・・・土器
   平安時代・・・・・灰軸陶器(かいゆうとうき)・土師器(はじき)・須恵器(すえき)

2.遺跡の特徴
・縄文時代中期後半の大きなムラ
 調査区一帯に、14軒の住居址が確認されています。住居址は重なり合っている個所も多く見られるため、長期にわたって存続したムラと考えられます。また住居址の分布状況から、松川に面した段丘の縁に拠点的なムラが存在したと思われます。丘の上でこれほどの集落が確認されたのは今回が初めてです。

・弥生時代の方形周溝墓
 縄文時代と異なり、弥生時代後期になると、東側の斜面部が墓として利用されたと考えられます。市内では松尾の八幡原遺跡や龍江の阿高遺跡、丘の上では本町で同様な墓が多数見つかっています。近くには人々の生活したムラも所在すると考えられます。

・平安時代の集落
 京都に都が置かれた時代、この遺跡でもムラが営まれていたようです。隣接地の調査と合わせ、8軒の住居址が確認されています。住居址は正方形あるいは長方形で、壁際にカマドが設けられています。カマドの中からは煮炊きに使った甕も見つかっています。

読書地図はこちら(Map Fun)

ココに注目!!
・縄文時代の家の重なり合い
 調査区の中に、丸い家がつながって、五輪のマークのようになっているところがあります。これは、同じ場所に、何度も何度も家を建てだ結果起こった現象です。この重なり合いを観察すると、最も新しい家が10号住、古い家が7号住であることがわかりました。
 家々の重なり合いは、この場所が当時の生活に適していたことを示すとともに、長い期間ムラが続いたことを物語っています。

・縄文時代の埋甕(うめがめ)
 住居址の入り口と老えられる場所に甕が埋められている住居址があります。こうした甕を埋甕といいます。埋甕は縄文時代中期後半に多く、その用途として、胎盤を埋めて子どもの成長を祈ったとする説などがあります。箕瀬遺跡では、甕の上に石で蓋をした例も見つかっています。

・弥生時代の方形周溝墓
 弥生時代後期に多く見られるお墓で、四角形に溝を掘り、土を盛り上げその中に遺体を埋葬するものです。箕瀬遺跡の方形周溝墓の規模は一辺がおよそ11mで、遺体を葬った施設(主体部)が良好に残されています。その構造は2×2mの方形に穴を握り、板材を組み合わせた棺を入れたあと、掘り出した土で方形の穴を埋め戻しています。棺の大きさは1.5×0.6mの長方形で、副葬品は見つかっていません。

・平安時代の火災家屋
 平安時代の住居址は長方形で、カマドが作られています。箕瀬遺跡の住居址は木材やカヤなどの炭と焼け土に覆われて確認されました。炭や焼け土を丁寧にはずして掘り下げると、床の上に籾のついた米が多量に見つかりました。貴重な米を残したままの状況から、突然の火災に、慌てて逃げ出したのでしょうか。

・縄文時代の土器
 土器の大半が深鉢と呼ばれる形の器で、主に煮炊きに使われたと考えられています。今回出土した土器のほとんどが縄文時代中期後半(およそ4500年前)のものですが、破片が多<、完全な形のものはありません。当地方の特徴を示す文様のある土器や、東海地方の特徴を示す土器があります。当時の飯田は少なからず東海地方との行き来があったことがうかがわれます。

・様々な石器と石材
 打製石斧(今のスコップ的な機能)・磨製石斧(木などを切る)・横刃形石器(ナイフ的な機能)・すり石、石皿(スリコギとスリ鉢的な機能)・たたき石(ハンマー的な機能)・石匙(ナイフ的な機能)・石鏃(やじり)等様々な石器が出土しています。石器の材料となる石は、天龍川など地元で採取される硬砂岩・緑色岩のほかに、和田峠産の黒曜石や飛騨方面で産出する下呂石(げろいし・安山岩の一種)などが見られ、さまざまな地域との交流を物語っています。













保存版 | 10:12 | comments(0) | trackbacks(0)
市街地循環バス(チンチンバス) 時刻表
8月2日から飯田市街地循環バス(チンチンバス)の有料試行運行がはじまります。



◆運行期間 8月2日(土)から1年間 土・日曜日、祝日運行
      ※来年1月からは平日運行も予定しています。
◆運  賃 大人(中学生以上)100円 小人(小学生)50円
      未就学児 保護者同伴の場合は1人無料、2人目から小人料金
◆問い合わせ 飯田市 都市・地域計画課 (0265-22-4511 内線2742)
保存版 | 06:34 | comments(0) | trackbacks(0)
「飯田城下町絵図」が飯田市有形文化財に指定されました。


飯田城下町絵図(いいだ じょうかまち えず)
脇坂氏が藩主であった時代につくられ、堀氏へと引き継がれた飯田城が記された最も古い絵図です。城郭・武家屋敷・町屋などの様子や城郭内の建造物が丁寧に描かれています。江戸時代初期の飯田城や城下町の様子を知ることができる大変貴重な資料です。
3色の貼紙があり、茶色に家臣の住居の広さ、青色に脇坂氏時代の家臣名、白色に堀氏時代の家臣名が記されています。

■問い合わせ 飯田市生涯学習・スポーツ課 文化財保護係 0265-22-4511内線3575

飯田市内には次のような有形文化財・史跡等の市指定文化財があります。
○有形文化財
【絵画】菱田春草の「白き猫」
【美術工芸品】箕瀬町柏心寺の阿弥陀如来座像、千代法全寺の梵鐘、三穂立石立石寺(りっしゃくじ)の梵鐘、龍江定継寺(じょうけいじ)の雲板、尾林古窯の狛犬3体、座光寺元善光寺の釈迦涅槃像(しゃかねはんぞう)、松尾鳩ヶ嶺八幡宮の獅子頭
【考古資料】上郷垣外(かいと)遺跡出土の木炭棺
【絵図】信州伊奈郡之絵図
【建造物】追手町飯田城桜丸御門(通称赤門)、箕瀬町柏心寺山門、松尾旧飯田城の八間門、松尾鳩ヶ嶺八幡宮本殿・随神門、丸山町阿弥陀寺の千体仏観音堂、座光寺耕雲寺の羅漢門、上郷経蔵寺(きょうぞうじ)山門、松尾毛賀諏訪神社本殿、滝の沢白山社随身門(ずいしんもん)、上久堅久堅神社天満社本殿、鼎運松寺(かなえうんしょうじ)鐘楼門、時又長石寺本堂、伊豆木天満宮神楽殿、白山社奥社幣殿・拝殿と随身門

○無形文化財
本町の大名行列、龍江今田人形芝居、上郷黒田人形芝居
【民俗資料】黒田人形の「老女形の首(ふけおやまのかしら)」

○史跡
諏訪町飯田藩主堀家の墓所、追手町飯田城跡内の観耕亭碑(かんこうていひ)、竜丘塚原二子塚古墳、松尾水城の水佐代獅子塚古墳、松尾御射山獅子塚古墳、上久堅神之峰城跡、下久堅の知久平城跡、羽場日樹上人(にちじゅしょうにん)墓・山本白隠石(はくいんせき)、鼎下茶屋の道標、松尾八幡の道標、風越山白山社奥社境内地と多岐にわたっています。

○天然記念物
【植物】追手町飯田城跡桜丸の蚊母樹(いすのき)、愛宕町愛宕神社の清秀桜(せいしゅうざくら)、黄梅院の紅しだれ桜、羽場の大柊(おおひいらぎ)、龍江大屋敷のイワテヤマナシ、羽場正永寺原の公孫樹(いちょう)、丸山町阿弥陀寺のシダレザクラ、水佐代獅子塚のエドヒガン、毛賀くよとのシダレザクラ、伊賀良鳥屋同志のカヤの木、鼎一色の大杉、千代のアベマキ、万古の栃の木、下久堅嵯峨坂の座禅草(ざぜんそう)自生地、上郷野底山二郎坊のチョウセンゴヨウ、風折のエノキ
【植物など】風越山山頂のブナ林・ミズナラ・イワウチワ等の自生地及び花崗岩露頭
【動物】市内全域に生息するギフチョウ

保存版 | 00:28 | comments(0) | trackbacks(0)
まちなか案内看板ができました

市営扇町駐車場(扇町公園内・飯田市立動物園隣)に市街地案内マップを掲示したまちなか案内看板ができました。

モニュメントの人形がまちなかへのお客様をお迎えします。
保存版 | 01:24 | comments(0) | trackbacks(0)
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